焦げたカレー
- yokohamabluefieldr
- 4月10日
- 読了時間: 3分
カレーの匂いが漂う日常。夫は不倫に溺れ、妻は全てを知っていた。夫は妻の沈黙を“気づかない証拠”と信じるが、その裏で妻の憎悪は静かに煮詰まっていく。何も言わない妻の瞳に宿る冷たい光。それは、夫の安寧を打ち砕く、静かで残酷な終末への物語。
【19:00 夫:良一】
玄関のドアを開けるとカレーの匂いがふわっと鼻をくすぐった。
「ただいま」と言うとキッチンから「おかえりなさい」と声がが返ってくる。
昨晩の彩香の唇の感触がまだ残っている。
あいつと不倫関係になって半年。まだまだ終わらせるつもりはない。
まあ、菜々子にバレていなければそれでいい。わざわざ日常を壊す程夢中になったりはしない。
菜々子は何も訊かない、それがバレてない何よりの証拠だ。
【19:00 妻:菜々子】
玄関から「ただいま」と声が聞こえ、カレーを煮込む手を止めず「おかえりなさい」と返す。
良一が帰ってくる時間も、口調も、行動も、全部わかっている。
彩香という女の名前も顔も知っている。
あの女が使う香水の銘柄まで。
でも私は何も言わない。
鍋の中が少しずつ温度を上げていく。
【20:00 夫:良一】
食事中菜々子は静かだがそれはいつものこと。
あの性格だ。愛人のことなんて気づくはずがない。
むしろ俺の方が家庭を守ってやっているようなもんだ。
ポケットの中でスマホが震える、彩香からだろう。
「今週末、会える?」文字をチラッと見てすぐ画面を閉じる。
菜々子は何も気づいていない。
気づいていたらもっと女って感情的になるもんだろ?
【20:00 妻:菜々子】
良一のスマホが震えた瞬間、手が止まったのを私は見逃さなかった。
見ようとしなくても目に入る。
そういう瞬間がこの数ヶ月で何度もあった。
彼はまだあの女と関係を続けている。終わらせるつもりはないみたい。
私が何も言わないから彼は“バレていない”と思っている。
その思い込みが致命的だとなぜ気づかないのだろう。
カレーのルウが少し焦げた。
嫌悪感のある苦味が彼にとても似合っている。
【21:00 夫:良一】
風呂から出ると菜々子はソファで本を読んでいた。
いつも通りの部屋、何も変わらない家。
これが俺の基盤だ。
「明日、早いから寝るよ」と言うと彼女は顔も上げずに「うん」と答えた。
静かな妻。何も詮索しない女。
だからこそうまくやれている。
彩香ともうまくやって菜々子も守る。
それが“大人のやり方”ってやつだ。
【21:00 妻:菜々子】
彼の声に「うん」と返しながら、私はシンクの上の棚を開けた。
そこに隠しておいた小さな包丁。
キャンプ用の果物ナイフ。
刃は短いがよく研いである。
躊躇なく動けるように何度も想像して準備した。
良一の「大人のやり方」に、私なりの返事をしようと思う。
静かに、確実に、全てを終わらせる。
シンクの隅に汚ならしい油まみれの焦げが散乱している。
【22:00 夫:良一】
ベッドに入ってしばらくスマホで彩香とのやりとりを眺めていた。
「土曜の夜、またあのホテルにしようか」
文字を打ちかけてやめた。送るのは明日でいい。
今はこの空気を壊したくない。
廊下から足音が近づいてくる。菜々子だ。
何か忘れ物でもしたか。
扉が開く音を聞き「どうした?」と声をかけた瞬間、胸元に冷たいものが滑り込んできた。
なぜ?という言葉も音にならなかった。
【22:00 妻:菜々子】
一刺しで十分だった。刃が肋骨の間に滑り込んでいく感触と、良一の目が見開かれる音が同時に響く。
「なぜ」という目。
その問いを彼はずっと無視してきたくせに。
だから私は何も言わない。
良一は“最後まで”気づかなかった。私が何もかも知っていたことに。
「おやすみなさい、良一さん。
これから彩香さんにもご挨拶に行ってきます」
終わり
神奈川 横浜の探偵 ブルーフィールドリサーチ
note 横浜 ブルーフィールドリサーチ

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